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長谷浦の遠景


2006年10月30日 午前10時ころ、長野県伊那市長谷浦でNKさん70歳(女性)が自宅裏でツキノワグマに襲われて重傷を負った。

伊那市長谷は、旧長谷村で人口がおよそ2000人ほど。過疎化の進む南アルプスの懐に位置する集落である。そのまた奥に「浦」という平家伝説の残る小集落があり、事件はそこで起きた。

NKさんは、旦那さんと娘さんの3人で暮らしていた。
朝の7時ころから、鎖でつながれている飼い犬が激しく吠えはじめた。
このとき、ツキノワグマはすでにNKさんの自宅脇にあるミツバチの巣へやってきていたのだった。
NKさん宅では、4つのニホンミツバチを飼育しており、その巣は蔵の南側にあたる日当たりのいい場所に設置してあった。ミツバチ箱は、自宅居間からは蔵が死角となっていて見えない場所にあった。

あまりにも犬が吠えるから、NKさんは『なんで、そんなに啼くのよぅー』っと声をかけてはいた。
しかし、まさかツキノワグマがやってきているとは知らなかったのである。
NKさんは、犬の声を聞きながら朝のテレビ番組を見てすごし、9時ころから台所の後片付けをはじめた。そして、最後に生ゴミを自宅裏の畑へ捨てようと外へ出たのだった。

相変わらず猛り狂って啼く犬の前を通りすぎ、蔵の角へ出たところでミツバチがあまりにもたくさん飛び回っていることに気づいた。不審に思い一歩踏み出したところへ、ツキノワグマがいきなり襲ってきたのである。

一瞬のことで、何がなんだか分からないまま、NKさんはツキノワグマに押し倒されて馬乗りになられてしまった。
そこで、とにかく顔をやられないように無我夢中で顔だけを手で覆って難を逃れようとしたのだった。
そこへツキノワグマのツメが口の中まで入ってきたことを知り、NKさんは夢中でそれを力いっぱい噛んだ。
これがクマのツメでなくて指だったらしく、痛かったのか、ツキノワグマはここで襲撃をやめて立ち去ったのだった。

大急ぎで自宅居間へ駆け込み、娘さんに近所へ電話をかけてもらったのだがそのお宅は畑仕事で留守だった。
NKさんの旦那さんもすでに仕事に出かけてしまっていたので、血だらけになったまま300m離れた隣家まで歩いていき助けを求めたのだった。
そこの主人が車で病院へ運び、隣家の奥さんが役場や伊那市内に住むNKさんの息子さんに連絡をとったのである。

救急車ではなくて自家用車で10km以上も離れた病院へ運ばれたNKさんは、ツキノワグマによって頭皮を剥がされ白い頭蓋骨がむき出しになっていた。
右耳も、たぶだけを残してのこりは、クマに食いちぎられてしまった。
歯も1本抜け、両腕にはいくつもの裂傷を負っていた。

急を聞いて病院へ息子さんが駆けつけていたが、白い頭蓋骨を見て、
「あれー いつからオフクロはこんなに白髪が増えたのだろう…?」、と思ったそうだ。
そして、しげしげ見つめなおしてみたら、それは頭蓋骨だった。

20070605091043.jpg


写真上:長谷浦の集落は、南アルプス仙丈ケ岳山麓にひっそりとたたずんでいる。
写真下:平家伝説がのこる。

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宮崎学プロフィル

宮崎 学

Author:宮崎 学
1949年、長野県生まれ。自然と人間をテーマに、社会的視点にたった「自然界の報道写真家」として活動中。
978年「ふくろう」で第1回絵本にっぽん大賞、1982年「鷲と鷹」で日本写真協会新人賞、1990年「フクロウ」で第9回土門拳賞、1995年「死」で日本写真協会年度賞、「アニマル黙示録」で講談社出版文化賞受賞。他写真集・著書多数。
最新刊「かわりゆく環境・日本生き物レポート」や「ツキノワグマ」「森の写真動物記」のシリーズが発刊中。

ホームページでは、中央アルプス山麓の仕事場をライブカメラにて24時間中継し、「家に居ながらにして自然が感じられる」と好評。

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