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2006年10月17日 午前 長野県松川町の山林へキノコ採りにでかけたMSさん(26歳)がクマに襲われて記憶を失う重傷を負った。

この場所は、10月4日にSIさんが襲われ死亡した現場から直線で3kmほどの地点である。SIさんを襲ったクマと同じものなのかは定かでないが、小渋川の下流にある「小渋ダム」サイドでもあり、死亡事故現場の白沢山からは山の斜面で続いている。しかも死亡事件のあった13日後の事故だっただけに気がかりなことでもあった。

MSさんは、事故現場の川を挟んだ対岸の中川村に暮らし、この日は早朝より親戚の叔父さんら4人とダムサイドの山にでかけたのだった。
皆で集合場所を決めてから山野に散り、それぞれにキノコを採りはじめた。
MSさんは、マツタケの生える秘密の小尾根を知っており、そこへ急いでいた。
まさに、小走りで小尾根をめざし、登りきればそこにはマツタケが群生していることを夢みて尾根にさしかかったのだ。
そこまでは、MSさんにも「記憶」があるが、その後は何が起きたのか今現在でも思い返せないのである。

MSさんはここで、ツキノワグマに遭遇して顔に一撃をくらったことだけは確かだった。
右目の目元に3cmほどの深い傷をうけ、左の小鼻を裂かれ、上下唇に口内にまで貫通するクマの爪による刺し傷をうけた。
前歯も1本が欠け、そのまま気絶をしてしまったのだ。
倒れた場所がやわらかい土の上で、口と鼻を自分の体重で押さえつけた格好で気を失ってしまったのだろう。このため、酸欠状態となり、脳に酸素が送られず、ここのところの記憶がすっかり失われてしまったのだった。

やがてMSさんは、土臭い記憶だけを残して目を覚ました。
どのくらい気絶していたのか本人にも分からず、無意識のまま山をくだり、アーチ式ダムの歩道を歩いて駐車場まで戻ってきた。
そこで、駐車場にあるトイレで顔を洗い、口をすすいだあとふらふらとベンチに横になったことまでは覚えている。
そのMSさんを、近くにあった臨時の工事現場事務所から目撃していた人がいて、救急車を呼び病院まで運んだのだった。

そんなことになっているとは知らない仲間は、待ち合わせ場所でずっとMSさんを待ち続けていた。
「どうしたのだろう…?」と相談しているところへ、家族から携帯電話が入り、MSさんがケガをして病院へ運び込まれていることを知ったのだった。

気圧治療室に入ったまま10日間を過ごしたMSさんは、そのまま外科的治療を1ヶ月間つづけた。
そのあと、脳障害のリハビリのためにさらに専門病院へ転院して、2ヶ月間の入院生活となったのである。そして、現在でも自宅療養中なのだ。

これは特異な事故だっただけにこのことはニュースにもならず、ボクのところにも情報がはいってこなかった。
病院でもクマによる事故を想定してみたものの断定もできず、関係者もツキノワグマがそこまでやるとは考えてもみなかったことだからである。
しかし、ひょんなことから人づてにボクのところへ情報が飛び込み、関係者への聞き込みとなったのだ。それも事故から2ヶ月もたってからのことである。

やがてボクは、リハビリ入院をしている病院へMSさんを訪ね事情を聞いてみた。
しかし、記憶が切れていて上記以外のことはいまだに聞き出せないでいる。
だが、傷跡はまぎれもないツキノワグマのもので、目元の傷はあと1cmずれていれば眼球をもぎとられかねない状況にあったことだけは確かである。
入院生活は都合3ヶ月間、この先さらにリハビリに1〜1年半の時間が必要との診断である。
そして、事実として残っていることは、新年を迎えてまもなく、MSさんは勤務先を解雇されてしまったことだ。

■考察■
■事故現場はボクの出身地でもありよく知っている山容であるが、ツキノワグマが徘徊している場所でもある。
■当日は、MSさんのグループ以外にも4組のキノコ採りが入山していて、こうしたグループが勢子役となって、偶然にもMSさんの方向へクマを向かわせてしまったことがうかがえる。
■そこへ、MSさんが走りこんでしまい襲われる結果となった。
■MSさんらは、ツキノワグマが生息していることはまったく想定外で入山をしていた。
■一撃でMSさんを倒したクマは、現場を疾風のごとく立ち去っている。
■白沢山で死亡事故を起こしたクマも、倒れた人間をそのご襲った形跡がないことから「死んだ真似」は再攻撃を防ぐには案外有効な手段になりうることがうかがえる。
■ツキノワグマの事故は、入院費なども含めて経済的リスクが相当にともなうという事実。

写真:矢印のあたりが事故現場。このあとダムの上を無意識のままMSさんは歩いてきた。
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宮崎学プロフィル

宮崎 学

Author:宮崎 学
1949年、長野県生まれ。自然と人間をテーマに、社会的視点にたった「自然界の報道写真家」として活動中。
978年「ふくろう」で第1回絵本にっぽん大賞、1982年「鷲と鷹」で日本写真協会新人賞、1990年「フクロウ」で第9回土門拳賞、1995年「死」で日本写真協会年度賞、「アニマル黙示録」で講談社出版文化賞受賞。他写真集・著書多数。
最新刊「かわりゆく環境・日本生き物レポート」や「ツキノワグマ」「森の写真動物記」のシリーズが発刊中。

ホームページでは、中央アルプス山麓の仕事場をライブカメラにて24時間中継し、「家に居ながらにして自然が感じられる」と好評。

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